『流言兵庫』『物語の海、揺れる島』

物語の海、揺れる島

与那原恵『物語の海、揺れる島』(1997)については以前(10ヶ月前)読んでいて、今回の災害でも“阪神淡路大震災のときはレイプが多発した”みたいなハナシが出てきて、なんだかなあ、という気分になってしまいました。さすがに酷過ぎるのかいろいろなところで『物語の海、揺れる島』を引用して多発が事実でないことを伝えられてる人もいますが…それでも質問サイトの答えで"事実"・"多発"と思ってるような結論で終わってるものを見ると…
いちいちコレを枕にしなくても性犯罪注意を促すことは可能ですし、言われなくても気を付けられる方のほうが多いとは思うんですが…
事実かどうかに関わらず、親が子どもに注意を促すために鬼やお化けを使うような感じで“阪神淡路大震災”をダシにされてしまうのは、該当地域の人にはあまり気分のいいものじゃないよなあ、です。
(と書いてしまいましたが、本を読むまでは漠然と震災時のレイプ増大を信じてしまっていた口なので偉そうなことは言えない立場なのでした)


『物語の海、揺れる島』ですが、これは著者の11本ほどのルポを集めたもので、そのうちの「作られた伝説―神戸レイプ報道の背景」(初出『諸君』1996年8月号) がレイプについてのものです。
「阪神淡路大震災の混乱に乗じた強姦はあったのかしらという話」に詳しい要約が載っていますのでそれを読んでみるのがいいと思いますが、ざっくり

  • レイプ多発を伝えた新聞や雑誌の具体的な事例の情報ソースは実は一人の人物、Hさん.
  • Hさんの電話相談活動の人数・ビラ配布・開始時期・回線状況に嘘があり、相談記録が捏造だったこと.
  • Hさんは約50件のレイプ相談を受けているが、他の電話相談を行っていた6団体ほどが受けたレイプ相談はほぼ0件.(地震後半年間 4回線で10553件の相談を受けていた兵庫県立女性センターのみ1件あったが内容を聞く前に切られたとのこと)
  • 警察は、地震後数日に記者から5,6件の強姦事件が起きてると聞いて調べに行くも事件見つからず.
  • 1995年の兵庫県警が扱った強姦事件の認知57件検挙56件、94年は認知・検挙57件で、ほぼ前年と同じ.
  • Hさんの話が広まったのは、ウィメンズネットこうべ という団体の活動(講演や雑誌記事等)が大きいこと.
    • この団体の電話相談でのレイプ関係は0件、実際に話を聞いたという4件は実は又聞きのレベル、警察に強姦事件数の問合わせ等はしていない、200名以上集めた女性のみの集会を開いてるがHさん以外の被災地報告無し.
    • Hさんの嘘が発覚しても報告事例は信じて活動.

といった感じでしょうか。

最後の団体については、ざっとググッてみたおり、著名ありでレイプ多発を事実的に伝えていたのが この団体とその関係者(交流のあった相手)の方くらいだったので、少し多く書き出しました。(この本以降に何か新事実をつかんでいた可能性も0ではありませんが…ただ、そのようなことがあれば本に対する反論で使われていたでしょうし、10ヶ月位前に読んだ覚えのある この団体のサイトにあったこの件に関した頁はリンク切れになっているようで…)。
この団体関係以外では 探偵ファイルの「今だから話せる阪神淡路大震災」 くらいでしょうか(これをどう受け止めるかも人によりけりでしょうか…)。


ちなみにHさんが"相談を受けた"というレイプ関係の事例としては

  • ボランティアの女子大生が長田区を歩いていたら、いきなりリュックを掴まれて瓦礫のなかでレイプされた
  • 女の子が声をかけられて被災者をお風呂に連れて行くボランティアだと言われて、信じて車に乗ったら山の中まで連れて行かれてレイプされた
  • アルバイト募集の張紙を見て行ってみるとそこは半壊したビルで、いきなり乱暴された
  • 震災で身寄りを亡くした姉妹のひとりが壊れた自宅に物を取りに帰り、そこでレイプされその場で自殺した

というようなのが載っています。(追記:ようは噂話事例ぽい)(他の事例は取り上げられた新聞や雑誌記事を見ればあるのかもですが)


警察の値からすれば、強姦事件は"多発"していないけれど、例年並みには起きています。
(強姦事件は親告罪セカンドレイプの問題等あり表になりにくく実数はもっとあるだろうと言われますが、表の数と陰の数の比はそう大きく変わらないのではと思いますので、表の変動が少なければ陰も少ないのではと思います)

噂のネタ元となる事件が起こっていた可能性はあるかもしれませんが、“わかっていない”、というのが現状なのではです。
上記に限らず、震災時レイプの噂の根拠になった事件はほぼ見つかってなさそうなので、事実があったかのように伝える人には気をつけたいところです。



本には警察関係でもう少し数字が出ていて、県全体でなく被災地14署に限った強姦事件数は、1994年は認知・検挙19件、1995年は認知15件・検挙14件、のようで実は若干減っていたりしています。また14署の95年の10月までの月別発生件数として 1月1件(震災後)、2,3,4月0件、5月5件、8月3件(夏は例年多くなる傾向)、9月1件、10月3件、というのを挙げられています。

これらは誤差の範囲もあるでしょうが、警察のパトロール強化や自警団・住民自身の自衛等の影響もあるかもしれません。『流言兵庫』をみますと'噂'のおかげで自衛強化をしていた面もあるように思えます。
決して、何もせずに"例年並み"になったわけではない、ようにも思いました。
(14署での値が減って県が例年並ということは県内の他が増えてるわけで、犯行場所が移動しただけなのか、県内の増えた地区並に増える傾向にあったのがパトロール強化で抑止できた結果なのかはのかわかりませんし、地域ごとのライフラインの復旧時期や仮設住宅への移動時期、パトロール体制の変遷等…変数多くわからないことだらけで)(警察がどの程度パトロールを強化していたかについては「平成7年 警察白書 第3節 阪神・淡路大震災と警察活動」 あたりに)

(あと、他の年はどうだろうと検索すると、兵庫県警の値として 平成22年上半期における性犯罪の認知状況等について がありました。強姦は平成21年度上半期 認知27(検挙26)、平成22年度上半期 認知21(検挙20)、下半期がわからないので単純に倍にして概算 54(56)、42(40)、これは 1994年 57(57), 1995年 57(56) とそうかけ離れた値ではなさそうです)


さて、レイプ“多発”は嘘だろう、なんですが、覗きや盗撮等の他を含めた“性犯罪が多発”となると、どうだったのか?
機会が増えた分あるかもなあ、と思えたりしますが、『物語の海、揺れる島』を読む以前は漠然とレイプは(結構)増えてたんだろうなあと思ってた奴の一人だったので、これも、調査資料や調べた人の報告を見ない限りは、そういう傾向があるかどうか「わからない」としとくのがよいのでしょうね。(私は、そういう資料があるかどうかもちゃんと調べていない状態です)


※自分で本の真偽確認をしたわけじゃなく、せいぜい強姦事件件数がどうかをググってみたりとか、次の『流言兵庫』を読んでみたりとか、だけで、結局、信じたいもの(信じれそうなもの)を信じる、てことでは、私はこの本を信じてるだけ、なんですが。


追記3/30: こちらを読んで自分のま抜けを認識。このルポはHさんの話の虚実にせまり、またHさんの話を利用した人たち(団体やマスコミ)の姿勢を槍玉にあげていますが、著者自身は強姦が(増えて)ないとは言ってません。
神戸市内の産婦人科医の談として毎年夏にはレイプ被害の患者が来るが震災の年は10人で例年より2割多い、という話なんかも紹介されています。(つまり例年は8人位でしょうか。ググると10人を書かずに'2割'だけ引用してるのを見かけてそれはそれで)。レイプ噂の元事件に辿りつけない様が書かれていますが、噂とは別のレイプ事例がないわけでもない、と。

多発、という言葉で漠然と想像する件数と、実際の警察認知数との隔たりが大きいように思うので、つい反応してしまったところがあるのですが、"多発"はデマと思うも(警察認知外の微増含めての)"増加"についてはわからないですし、増加傾向(可能性)がないとは言えないのではとも思います(例えば街灯があることで安全が増えていたとしたら消えている期間はその分減ったといえそうですし)。なのでレイプ"増加"がデマとして書かれているのをみると微妙な気もしますが、そもそも"多発"と"増加"を暗黙に使い分けるのもあまりよくないような気もしてきます。(深く考えずなんとなくわけて考えてた部分もありますが、読み返すとごっちゃにしてました……のでそのへん微修正)

あと 関連本のメモ追加。


『流言兵庫』

流言兵庫―阪神大震災で乱れ飛んだ噂の検証

レイプ多発の噂の火消しのたびに使われるネタが『物語の海、揺れる島』ばかりなんで他にはないのかと気になってたのですが、 阪神大震災と流言 の頁からすると『流言兵庫』という本でも扱ってるようなので、読んでみました。(さすがに新刊は無さそうで古本購入)

ニューズワーク『流言兵庫 ― 阪神大震災で乱れ飛んだ噂の検証』(1995年6月)

ニューズワークは記者の会社のようで、震災の2週間後くらいから数名の社員が雑誌の取材のため現地入りし、本業の取材と並行して噂の収集も務めていたようです。取材チームは若い社員18名とのこと。被災地をはじめ総数数百にも上がる人々への取材を通じて集められたようです。

本にはたくさんの噂の事例が載っていました。(ただし民族差別に関わるものは無根拠で価値のないものとして載せないと明記)


その中でレイプについては第10章で1章使って詳しく書かれています。
「ボランティアの女子学生がレイプされた」という噂が流れたのは 震災4日後の1月21日、その10日後には東京でも神戸ではレイプされる学生が多いという噂が伝わっていたようで、2月24日にテレビの報道番組に出演したボランティア団体の幹部が「ボランティアの女子学生がレイプされた例もある」と発言して全国区の噂になったようです。
ニューズワークや以外の記者たちを含めレイプの噂はたくさん聞くが誰も元になったような事件には辿りつけない状態で、警察もずいぶんまわったが被害届は出てこず震災直後の混乱のなかでの「確証がとれない話」としたようです。が、噂の方は一向にやまずいろいろなパターンで根づいていった様子があります。
(『物語の海、揺れる島』の冒頭付近で引き合いに出されてる事例は、記事の初出と本の奥付からすると流言兵庫がネタ元なんでしょうね)


ところで、阪神大震災では、「流言が少なかった」、といわれていたらしいです。実際に調査されていてもほとんどの地域では少なかったようですが、ただ一つの地域では多く発生していたようで、本ではその様子が浮き彫りになっていました。(場所については本では明言はされてませんが、証言に頻出する地域名からすれば一目瞭然でしょうか……その地区でのピリピリした様子を答える人と他の地域での拍子抜けするほど何も起きなかった様子を答える人が書かれていたりで)


レイプ以外で気になったのは、結構、子どもに聞いた話も載っていたことでしょうか。90年代には“子どもだけに伝わる噂話”が注目されてた時期があったと思うのでその影響かもしれませんが。で発信元として「先生に聞いた」というのがあり……本当に話を聞いた場合や"聞いた"自体が噂の場合もあるでしょうが、先生の人には雑談だとしても噂話(ソース不明な話)には手をださないでいてほしいなあ、と思ってしまうのでした。

震災時の噂話としてどのようなものが発生するかの調査報告として、かなり有用な感じでした。今回の災害で発生しているものと比べるのも。
阪神大震災以外の震災についての調査で「奥尻島地震の時、全国から救援物資がたくさん送られてきたが、粗大ゴミまで送られてきて、処分に困ったという話を聞きました」という事例が載ってたりするのですが……これも今回の災害で、阪神淡路大震災で起きた事例の一つとして似たようなものを読んだような気が……です。(追記:使えない古着等がゴミ同然になったらしい件と混同しただけかも)

世の中、有用な内容かもしれないけれど真偽不明の噂話の類が、結構、事実として使われているのかもしれません。(いや2例程度で一般化しちゃ不味いかもですが)




ついでに。今回の震災でtwitterで発生した1つの流言の変化の流れを解説した ピンポン怪談と Conjunction fallacy は面白かったです。追記:あと、twitterでの今回の災害でのデマを集めたこちらとかこちらとかこちらも興味深く。コピペ探訪〜阪神大震災コピペの謎を追えも。