百合ジャンルについて雑感 (友情モノがジャンル対象かと悩む以前に女の子を楽しむ)

前回の、人に対する百合=レズビアンな定義と、作品に対する百合ジャンル的な定義が並立している、というのが自分の認識なのだけれど、じゃあ百合ジャンル的な定義がどうかってのを少し考えてみる。

百合の定義は各人各様のようで、行為 OK/NG?、恋愛のみ?、友情のみ?、プラトニックのみ?、恋愛NG?、LGBT的リアリティOK/NG? 等など…… "百合"という言葉だけで自分の欲するものをフィルタリングしたいという気持ちはわからないでもないけれど、すでに百合扱いされている多くの作品群をORしていくと結局、“女性同士の関係が描かれた作品” くらいにしか言えない状況なので、もうこれくらいがジャンル定義でよいじゃないか、と個人的には思っている。

少なくとも商業誌は概ねそんな感じに広い定義で扱っているように思える。百合姫でのライターさんや編集さんがする百合作品紹介なんかをみているとね。百合に限らずSFやミステリとかも商業誌はわりと広めの定義を採用してそうな感じだし。呉越同舟的に広く太っている方が生き残りやすいんじゃないかな。


自分を思い出すと ハマった当初は "百合=レズビアン" に引きづられていた。恋愛モノ・性愛モノはすんなり百合作品だと思ったのだけど、友情以上恋愛未満的な作品についてはどの程度の濃さなら百合として扱うのか、と悩んだりした。少なくとも、女の子ばかりだけれど“二人の関係を濃く”描くわけでもない日常系作品などはジャンルに含まれるとは思わなかったし、姉妹モノとかライバルモノとかもどうかと思っていた。

今は、ただの友情モノも含めて百合ジャンル作品なんだろうな、と思っている。

自分に限らず、百合=レズビアン前提で百合作品をみはじめると、“友情モノ”を含めることに、濃い関係でもその先が恋愛に到達しないような関係のものまで百合扱いすることに、最初は抵抗あるんじゃないかな、と思う。もちろん最初どころか只の“友情モノ”は含めないという百合ファンも結構多そうに思うし、ほんというと今でも友情モノは悩んでしまうことが多いのだけど。

恋愛モノと友情モノ

大雑把に、今の百合ジャンルには 恋愛モノと友情モノがあるのだと思う。(友情百合という言葉はわりと定着している感あり)

実際にはその間をグラデーションに存在する、友情以上恋愛未満や共依存的なモノ・腐れ縁的濃い深い関係等を扱う作品も多いけれど、一応どちらかに振り分けられるとして。姉妹やライバルなんかもムリすればどちらかの関係に振り分けられるとしとく。(ほんとは友情以上恋愛未満系を主に楽しむ層が多そうな気もするけれど、後回しにして一旦忘れる)

両方を楽しむ層は多いと思うけれど、どちらか片方しか楽しまない/認めない層も結構居られるようにもみえる。
百合の原義的には恋愛を含めないのはナンセンスに思うけれど、友情モノ(のみ)を求める気持ちもわからないでもない。(男女の)恋愛モノに対しては“恋愛めんどくせぇ”とか“恋愛全くダメというわけでないけれどストライクゾーンが狭い”等はあるので友情モノのほうが気楽に楽しみやすい面もある。


友情モノを百合ジャンルに入れるかどうかは別として、女性同士の友情モノを楽しみたいという需要は結構あると思うのだ。(下手をするとそちらのほうが多い可能性もあるかもしれない)

今の少女誌・女性誌は“恋愛専門誌”的な側面が大きいし、少年誌・青年誌は男性同士の“友情主体”の作品は多いけれど、男女誌双方とも相対的に 女性同士の“友情主体”の作品は少ない、と思う。( まんがタイムきらら等の萌4コマ・萌漫画系は一大勢力で多量にあるけれど)

なので、呉越同舟的に百合ジャンルに友情モノが捕捉されるというのは、そう悪いことじゃないと思う。


ただ友情モノの楽しみとしては

  • 友情話自体を楽しむ
  • 友情な関係を元に二次創作的妄想を(経由して恋愛的に)楽しむ

があるようだ。
正直後者についてはググッてみかけた件から書いてみたのだけど……友情百合の存在理由が二次創作的妄想の有無だとすると前提が崩れた気分。二次創作BL(やおい)の元ネタになるような少年誌作品をBL作品とは言わない(言いたくない)のと同様に“元ネタ”になるというだけでは百合作品とは言いたくない、という感覚があるので……なので百合ジャンルで友情モノが含まれているのは別の理由(需要)のほうが落ち着きます。

友情以上恋愛未満

前記ではあえて避けたけれど、友情以上恋愛未満〜淡い恋愛くらいを主流として添えてるファンは多いかもしれない。

ジャンル始祖的な『花物語』にしても中興の祖的な『マリア様がみてる』にしても、深い絆・濃い友情・友愛・先輩後輩の親愛等、直接の恋愛も無いわけではないけれどソレ以外の(恋愛に近いが別の)関係のほうが多い。
読者としてもその流れのモノを求める層は多かったのではと思う。


百合姉妹 Vol.1』(2003)での定義だと “思春期の少女に特有の、少女同士の行き過ぎた愛情” となっている。(今となっては年代を感じるような)
きずきあきら+サトウナンキ『エビスさんとホテイさん』のあとがきでの「つぼみ」の編集者さんは 「寸止め」「ほんのり」「恋と友情の間」 と表現。(あと作者側で「ほほーエロは抜きと」とある)
ジャンル誌的にも、このへんを狙って作っている(いた)様子が伺える。


ただ2000年代前中期に比べると、2010年代は作品数が激増していて、ジャンルの質・幅も広がって、単純に言い切れない状態になっているようにも思う。

何を楽しんでる?

百合の定義というわけではないけれど、百合および百合周辺作品で何を楽しんでいるかを考えてみると

  1. 女の子を楽しむ
  2. 女の子同士の関係を楽しむ
  3. 男の扱いが重要でない(男女の'関係'の比重が低い)

という感じだろうか。(あくまで野郎な自分基準ですが)

そもそも女の子同士の関係を楽しむ以前に“女の子”自体も楽しみたいわけだ。

“女の子”を楽しみたいから、その関係が、“恋愛”だけでなく“友情”でも“ライバル”でも“姉妹”でもよいわけ。百合に含まないだろうけれど楽しみとしては“独り”の話でもよいのだ。(最近の「さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ」なんかはレズビアンの話だからジャンル対象というのはあるけれど、お話的には他者(キャスト)との関係性はほぼ皆無なのでメンヘラ女性の自分語りが楽しみの主だろう)
女の子たちに某かの魅力があるのが前提ともいえるけれど、女の子だからと閾値は低くてもokな面もあるかもしれない。


どういった女の子/女性を楽しむかは、受け手の好み次第ではある。
性格や容姿、環境(シチュエーション)。
少女漫画・少年漫画・萌漫画・レディコミ・青年誌・成年誌…等各々での枠組みの中での女の子/女性キャラ。
まんが・アニメ・実写作品のキャラの場合もあれば、アイドルや(アイドル)声優、などの生身も。
百合として楽しむ対象の女の子はいろいろありそう。


女性キャラの“感性”のようなものに感じ入る場合は、その作者の性別も気になる大事なコトだろう。
瑞々しい女の子の感性に思えたものが実は野郎のモノだったりすると消沈する気分はあるだろう、で。(女の子だと思ったら男の娘だった、というのはそれはそれで吉としても別種の楽しさ)
読者・視聴者が、アイドルと、ベテラン歌手や女優とで求めるものが違うように、新人作家とベテラン作家とでも求めるモノは違うわけで、男性作家でも旨い百合作品であれば全く問題なく……つまり男性百合作家には最初からベテラン(技巧)を求めてるのかもしれない:)
(といっても、中には、見目はかわいい女の子キャラだけれど中身は男(おっさん)キャラに思える作もたまにあったりするけれど、結局許容してることも多いので、そんに気張って作家性別を気にしてるわけでもない)

男キャラ

百合において基本的に男は邪魔だろう。

男や、男女の関係を描かれると、その分、女性や、女性同士の関係の描かれる絶対量が減るわけだから。

そもそも(男女モノ含め)恋愛モノがそんなに好きでない人も多いかもしれない。全くダメと言う人はいないと思うけれどストライクゾーンの狭い人は多そうだ。特に女性よりも男性の場合は。
もちろん現実世界のリアリティを作品に反映しようとすると男不在の状況はともするとファンタジーになるので、ほどほどに存在してくれるのがよいのだけれど、男量が多いとやはり目減り感はあるかもしれない。


(追記:以下、ざっくりと典型的な"男性"/"女性"を思い浮かべて……個々を持ち出すと当然いろいろありなんで)
百合に限らずだけど、少女漫画・女性漫画での男性キャラの描かれ方は読み手(自分)の興味に影響する。
女性の求める男キャラと、男性が求める男キャラは違うと思う。特に、“カッコイイ男性”像は乖離が激しいと思うのだ。(ゲイ男性と腐女子とで求めるものが似てそうで全然違うのはそういうのもあるのではと思う)

個人的には女性のいうカッコイイ男性キャラをカッコイイと感じれることは少ない(旨い作家さんもいるのでゼロではない)。
少女漫画は好きだけれど、だからと言って王子様キャラに惚れることはない。女性読者ならそれ目的で読めたとしても男性読者としてはそれは動機にならない。王子様キャラに駆動されて動く女の子たちに魅せられるから読むわけだ。テンプレ的にカッコイイと定義されたキャラとして楽しむコトはあるにはあるけれど動機まではならないのね。


思えば、少女漫画の男性キャラにあまり興味ないのかもしれない。
だからなのか、百合だと双方女性キャラなので、男女の恋愛モノよりも広く興味もって恋愛モノを読めている気がする。三角関係とか浮気とか男女モノだとさして興味ないものでも、百合となればおいしくいただいている。

逆に、百合にハマってからこっち、少女漫画をあまり楽しめなくなっているかもしれない。以前は女の子みたさに男キャラに対して目をつぶれていたものが、どうも我慢できなくなってしまったようだ。

結局(百合に限らず)、男キャラが出てくる場合は、ある程度以上納得できる男キャラが描けてる作品しかダメなんだよな…… といっても、年齢低めの少年キャラはわりとokだったりするかもだけど。


※ 少年・少女って、少なくとも創作上は結構近い存在なんだと思う。
女性作家でも少年キャラはわりと納得することが多いし、男性作家の少女キャラも個人的には少年入ってるなあと思うことがあっても女性読者の感想はちゃんと少女として共感していたりする。(もちろん旨い作者の場合ならば、だけど)
性差よりも子供と大人/ジェネレーションギャップのほうが大きいのだろう。
大人は“子供”を経験しているけれど、“大人の異性”は実体験していないわけで。

逆の意味で老男・老女も納得しやすいのかもしれない。生物的・社会的に性差は減るし、その年代になるまでは老人を未体験なのでテンプレキャラでも十分納得してしまえる面はあると思う。


追記:百合とあまり関係ない話になってしまったけれど……酷い言い方をすれば、ツマンネぇ男なら居ないほうがマシ、という理由で百合を好んでる面もあるかもしれない。