森薫/福島聡「すみれの花」

鵺の砦 (BEAM COMIX) 森薫拾遺集 (ビームコミックス)

森薫(作画)/福島聡(原作)「すみれの花」は、月刊コミックビーム2004年9月号の付録小冊子で発表されたもので、いずれ森薫の単行本に収録されるだろうなんて思ったまま忘れていたら(今回百合がらみで再読&ググってみたら)、実はとうに原作者の福島聡『鵺の砦』(2008)に収録されていたのでした。(追記: 2012 年には 森薫森薫拾遺集』にも収録されました)

百合といえるかどうかは別として、女の子同士の深い関係を描いている、ということでは興味の範囲ではあります。(追記:今は百合作と認識してます)

正直、一読二読じゃさっぱりの作品でした。というか自力ではたいして飲み込めておらず、こちらの解説読んで、(正しいかどうかなんてわかりませんが)なるほど、と思った部分が多いです。ただ今回読み返していて、他に気になったことも若干――絵かきとしての二人の気持ちとか、佐藤の描いた絵、とか――ありました。
(以下ネタバレ)


学祭での「ももから聞いた」と語る彼氏の台詞から少なくとも学祭前から佐藤が前園(の絵)を意識しているように思えます。その前の準備室の場面からすれば先生からの受け売り等もありえますが、まともに完成品を見たことなくとも描きかけをみかける機会はあったのではと思えます。

文化祭前の準備室での先生とのやりとりから、佐藤が幽霊部員で絵を描いてない様子が語られますが、同時に、先生から学祭の絵を描くように勧められていて、学祭時点での先生とのいい仲の進み具合や(彼氏と分かれる気満々で廊下を歩いているわけだし)、彼氏の台詞「描いている絵もなんだかテキトーだしさ」から(付き合っている最中に) 絵を描いるように思われます。

そして、絵が描きあがっていれば先生も勧めているのだから学祭で展示していると考えられそうで、展示していれば当然前園も観ていそうです。前園は、下品なことをいう彼氏ごと長机をひっくり返しますが、ひっくり返すタイミング的には下着の件でなく佐藤の絵を評した「描いている絵もなんだかテキトーだしさ」に激したようにみえます。

これは普段他に無関心的な前園が強い行動にでてしまうくらい前園にとって気になる絵を描いていたのではないか、と考えることも出来そうに思えてきます。美大受験等での先生の態度からすれば、佐藤の絵は論外のレベルではないでしょうし。

そう思って、美術室での二人の会話をみれば、前園の語りは、一般化した自身の戒めというだけでなくて佐藤を意識した言葉も含まれているように思えてきます。“描いた人の品性を超えた絵”というのは佐藤の絵がそうだったかどうかはわかりませんが、それを目指す前園が描けないでいるものを多少なりとも描いていたのでは、と思えてきます。「誰かをねたんだり恨んだりしない…」と言う言葉は自身のそういう気持ちを抑えるために言っているようにもみえます。
佐藤のほうも「誰かをねたんだり恨んだりしない…」の台詞の直後にオイルをかける暴挙にでるので、そういった気持ちを責められたと感じた部分もあったのでは、と思えてきます。
というわけで、二人共、互いに妬んだり羨んだりするほど相手(の才能)を認めている部分もあるのでは、と想像するのでした。(強引ですが。百合妄想的には惹かれ合う部分があるほうが都合がいいかなあ、と)

そういうふうに邪推していくと、ラストの花の絵は、佐藤の描いた絵という気もします。それなら佐藤が前園のいる場所を見つけられた理由になりそうですし……と、書いてみたけれどさすがにそれは都合よすぎるか。1枚絵ならともかく並んで展示される花の絵の具合的にも(現実の何か対応する絵があるやなしや)。街の規模/美術関係の思い当たる場所としての選択肢が少ないとみるほうが自然でしょうかね。

佐藤と先生との仲(の進展)をどうとらえるかってのは、頭が追いついていなかったりしますが、少なくともラストは、先生置いて前園を探しに行ったり、再会したときの前園の「不倫はよくないよ」に「うん」と答えたりする(またその表情)のをみていると、つい百合妄想を誘発されてしまうのでした。


すこし前に読んだ「声の無い歌」「HER case3」「禽獣の小屋」での主人公の届かない絵(写真)がらみで“描いた人の品性を超えた絵”が気になった感じです。そうでなければ今回のようには考えてなさそうです。結構無理やりなんで誤読率高いでしょう。
※(すみれの花を別にすれば)福島聡作品を読むのは『鵺の砦』が初めてで、他の収録短編も一読ではすまない癖のある感じでした。


[追記2011, (2013修正)] シークレット・ラブ

佐藤の絵が実はすばらしいのでは(ラストの絵が佐藤のものでは)?という前提・邪推で多少無理やりに書いたものですが、日がたって読み返すとやっぱりかなりの無理やり感に穴に入りたくなる……なんですが恥は書き捨て的に書きそこねていた別の邪推ネタを追記

すみれの花言葉はいくつかあるようですが、そのひとつに「秘密の恋」があるようです(正確にはニオイスミレ?のようですが)。
「秘密の恋」の英訳は Secret love で…百合オタ的には「シークレット・ラブ」(矢代まさこ)を連想してしまいます。それだけって言えばそれだけですが、意識してみると、意外に似てる部分があるというか、比べやすいような、本歌取・換骨奪胎の類のように思えてきました。


この二作に当てはまることを書きだしてみると(箇条書きの罠もあるだろうけど)

  • 主要登場人物は女子高生二人と年上の男性一人。
  • 絵かきの子がモデルの子を描いていて、モデルの子が慕う相手の男性は絵かきの子を気にしていて、モデルの子が絵描きの子に嫉妬してしまう。
  • モデルの子の前から絵描きの子が突然消える
  • キャラの絵柄は、絵かきの子は短髪黒ベタ、モデルの子は長髪で髪の一部を上部中で括ってる。(2016画像追記)

      (矢代まさこ「シークレット・ラブ」 敦&冬子)
      (森薫/福島聡「すみれの花」 前園すみれ&佐藤もも)

多少むりやり共通化していて(男性が絵描きの子を気にする意味が全く違うし 消える意味も違うし)似てるというほどでもないでしょうが、本歌取・換骨奪胎の共通部分としては 偶然とも意識的とも取れそうな塩梅で 絶妙にも思えてきます。


もちろん違いも多くあります。特に記述もないので作品内の時代背景は発表年付近と思いますが、どちらの作品も世情の常識・実情を反映しているふうなので、1970年と2004年の1世代(30年)以上離れている違いが登場人物達(の思考や行動)の違いにダイレクトに現れているようにも思いました。時代による漫画ストーリーのフォーマット(精度)の違いも影響している感じですし。
「シークレット・ラブ」は絵を描く敦の視点で、敦が親友冬子への恋心を自覚し隠し通してしまう様が語られていますが、「すみれの花」ではモデルをする佐藤側から語られ絵を描く前園の気持ちは隠れています(逆視点を用いることが返歌ぽく)。そのまま前園に当てはめられるわけではないけれど、つい可能性や違いを思ってしまうのでした。

と個人的には原作者側は意識的に本歌取・換骨奪胎しただろうと思ってしまってるのですが、もしそうだとしても作画側には情報あまり出してなさそうな気はします。初出の雑誌付録版には福島聡のネームの抜粋が載っているのですが最後の頁の少女二人の表情については森薫にお任せしていて話の解釈を委ねている感じですし、『森薫拾遺集』のなかがきマンガでは“性格や立場の違うふたりの「仲良くなりたい」ネタにはなんか弱いのです”とありましたし(シークレット・ラブ的な解釈は考慮してなさそうかな、と)。(追記:福島聡ネームをみてたら ももの髪型は上後で結んだモノでなかった……森薫が結ぶデザインにしたということなのか?じゃ偶然なのか...?)

3つの版のメモ
  • 月刊コミックビーム2004年9月号の付録小冊子。初出。本編42P + 福島聡のネーム抜粋(縮図24P)含む合作の解説5P。本編のうち前園の回想1Pは福島聡作画。プロフィール頁の余白に 前園が漕いで佐藤が後ろでうずくまってる自転車二人乗りのイラスト がある。[追記] 冊子表紙は紫色(すみれ、もも、の花言葉を比較するとき菫の色が関係するかもで)
  • 福島聡『鵺の砦』(2008)。1Pだった福島聡作画パート(回想)を8Pに膨らませてある。あとがきで本作へ言及。
  • 森薫森薫拾遺集』(2012)。初出と同じ42P(福島作画1P)版。なかがきマンガに言及有。また初出のプロフィール頁にあったイラストが収録されていて「帰りの二人」というキャプションがついている。